Prologue

2022年。おかげさまで田村酒造場は創業200周年を迎えました。
技術革新が進み、生活がより便利に、より豊かになる一方で、はやり病、平和を脅かす争い、苛烈な自然災害に見舞われる現代です。蔵の先人たちも時代時代の大波小波をかいくぐって、“田村酒造場の酒造り”を次世代に伝え続けてまいりました。
200周年を記念して、我が国、日本・当蔵がある福生市の大きな出来事を並べて、田村家と酒造業の歴史をご紹介いたします。

それでは一緒に200年余の
旅にでかけましょう。

江戸時代の初め、名主として歩みを始めた田村家が酒造業を興し、幕末を迎えるまで

  • 日本
  • 福生市
  • 田村酒造場

名主

1600(慶長5)年
  • 関ヶ原の戦い/江戸幕府の始まり
  • 福生村は幕府領、熊川村は幕府領と旗本領として幕末まで続く
1600年後半(元禄期)
  • 福生村を切り開いた旧家である田村家は、幕府領となった福生村の名主として村を治める。当主は半十郎・十兵衛・ 重兵衛を名乗る。
1653(承応2)年
  • 玉川上水が開削
1787(天明7)年
  • 松平定信が老中首座に就任。寛政の改革が始まる

    田村酒造場には松平定信直筆の書「對鴎」があり大吟醸 對鴎の酒銘ラベルに使われています

1800(寛政12)年
  • 伊能忠敬が蝦夷地を測量する

名主酒造業開始

1822(文政5)年
  • 9代目勘次郎が酒造業を始める。敷地内の井戸から酒造りに適した中硬水の秩父奥多摩伏流水を得た喜びから「嘉泉」 と酒銘を定める。田村家は近在の酒造家・酒店と店内関係を結び、総本店として酒造技術や経営ノウハウの提供を図り、酒造販売を一貫した組織体制を築いた。
創業者 田村勘次郎(賢真)
大寳惠帳(おぼえちょう)
1825(文政8)年
  • 異国船打払令により、日本沿岸に近づく外国船の撃退が命じられる
  • 熊川村の百姓・岩次郎が勘次郎に請われて杜氏を務める。 越後から多く、酒屋働きに来ていた。
1853(嘉永6)年
  • 黒船来航
1867(慶応3)年
  • 大政奉還、十五代将軍 徳川慶喜が政権を返上
創業者 田村勘次郎(賢真)
大寳惠帳(おぼえちょう)

時は明治。近代日本の夜明けとともに激しく変化する社会のなかで店内関係を解散

酒造業(店内組織総本店)

1868(明治元)年
  • 明治と改元される
  • 福生村と熊川村の幕府領が韮山県に、熊川村の旗本領が品川県所属となる
  • 12代半十郎の時に店内の蔵は、武州一帯(多摩地域、神奈川、埼玉の一部) に24を数える。
1871(明治4)年
  • 廃藩置県が行われる
  • 福生村と熊川村が神奈川県所属となる
1889(明治22)年
  • 大日本帝国憲法が発布される
1893(明治26)年
  • 福生村が東京府に移管となり、現在の福生市の原型が誕生し、福生は養蚕業や酒造業を地場産業とする農村として発展
1894(明治27)年
  • 日清戦争が起こる
  • 青梅鉄道の立川〜青梅間が開通し、福生駅が開業

酒造業(越後杜氏)

1902(明治35)年
  • 日英同盟締結
1903(明治36)年
  • 社会の変化に伴う酒税政策や税法の整備に伴い、店内関係を解散する。
1904(明治37)年
  • 日露戦争が起こる
店内の家印「かねじゅう」

関東大震災で九死に一生を得、基地の街へと変化した福生とともに戦前の昭和を駆け抜ける

酒造業(越後杜氏)

1914(大正3)年
  • 第一次世界大戦(~1918年)勃発
1923(大正12)年
  • 関東大震災が発生。死者・行方不明者は約10万5千人で、日本の自然災害史上最悪を記録
  • 福生村はじめ西多摩地域は関東大震災における被害は「ほとんどなし」と報告されている
  • 田村家14代当主夫妻は、息子(後の15代当主) の生後1ヶ月検診で東大病院を 受診していたため、都内で関東大震災に被災。
    夏場の品質管理のため蔵に来ていた越後杜氏・笠原作一がトラックを調達、むしろ旗を掲げ、当主一家を無事に救出する。
1925(大正14)年
  • 五日市鉄道が開通
1929(昭和4)年
  • 世界恐慌
1931(昭和6)年
  • 満州事変
1936(昭和11)年
  • 陸軍航空立川支廠(熊川倉庫)建設
1937(昭和12)年
  • 日中戦争(~1945年)勃発
1939(昭和14)年
  • 第二次世界大戦(~1945年)勃発
1940(昭和15)年
  • 陸軍多摩飛行場建設。福生村と熊川村が合併し福生町が誕生。
1945(昭和20)年
  • 東京大空襲、米軍沖縄上陸、広島・長崎の原爆投下を経て、第二次世界大戦に敗れ終結
  • 福生に米軍が進駐し、陸軍多摩飛行場は米軍横田基地となる

昭和から平成にかけて大改革を行い、最新設備を駆使する地元出身の蔵人チームが誕生

酒造業(越後杜氏)

1964(昭和39)年
  • 東京オリンピック開催
1970(昭和45)年
  • 福生町が市制を施行し、福生市が誕生
1973(昭和48)年
  • 第一次オイルショック
  • 専務・昌一(後の15代当主)、「まぼろしの酒 嘉泉」 を産み出す。

酒造業(南部杜氏)

1974(昭和49)年
  • 蔵人集団を越後杜氏から南部杜氏に転換
1979(昭和54)年
  • 15代半十郎、当主を襲名
1983(昭和58)年
  • 東京ディズニーランド開園、ファミリーコンピューター発売
1990(平成2)年
  • 温度管理など最新の設備を導入し、大きく製造工程を改革する
1999(平成11)年
  • 地元出身・社員の杜氏・蔵人だけで酒造スタート。杜氏は高橋 雅幸(現任)。

酒造業(地元出身杜氏)

2005(平成15)年
  • 高橋が杜氏となった記念酒、「田むら」誕生。
2008(平成20)年
  • 第16代半十郎、当主を襲名
2011(平成23)年
  • 東日本大震災(M9.0)発生
2016(平成28)年
  • 平成天皇皇后両陛下による行幸啓を賜る
2021(令和3)年
  • 東京オリンピック開催
2022(令和4)年
  • 創業200周年
「まぼろしの酒 嘉泉」「田むら」
高橋杜氏と16代目

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